PROJECT
STORY
02

福島第一原子力発電所の廃止措置。
その遂行に、海外の知見を。

理系 東京電力ホールディングス

Project Outline

福島第一原子力発電所 廃止措置プロジェクト

福島第一原子力発電所で着々と進む、廃止措置プロジェクト。井原は、その進捗状況や展望を国際的に発信するとともに、国内では解決できない技術的課題に対して、海外への支援を求める役目を担っている。

Project Member

東京電力ホールディングス
福島第一廃炉推進カンパニー
廃炉推進室廃炉調査グループ
国際戦略・調査チームリーダー
井原隆文(2010年入社)

※部署名等は取材当時のものです

Chapter 01

国際原子力機関、来日。

「国際原子力機関(IAEA)の調査団が来日する」。そんな話が具体的になりはじめたのは、2019年の初夏だった。日本政府の招聘に応じて、福島第一原子力発電所の廃止措置プロジェクトを評価するという。

これはいい機会だ、と井原は思った。廃止措置は、東京電力が果たすべき大きな責任だ。国内の専門機関に厳しくチェックを受けながら、あらゆる力を注いで進めてきた。その成果が国際的な尺度で認められれば、取り組みが正しいことへのまたとない証明になるし、励みにもなる。助言にも期待できる。井原はかつて、ロンドン事務所に駐在していた。海外からの助言には思いがけない発見が多いことを実体験で知っている。まして、最高の専門家を全世界から集められるIAEAなら、貴重な知見を授けてくれるに違いない。
だが、十二分に評価してもらうには、そのための周到な準備が不可欠だ。調査団の滞在は1週間。この短い間に、「組織体制」「計画管理」「放射線管理」「被ばく管理」「廃棄物管理」「使用済み燃料や燃料デブリの安定保管・取出」など、膨大な項目の評価が行われる。そのひとつひとつに資料を用意し、現場視察の段取りをつけ、説明役の社員を確保しなければならない。来日予定は11月。だが、そのずっと前の7月から、井原のグループは準備を始めた。

Chapter 02

通訳はどこにいる?

準備の基本は、予測と確認だった。何があるかを予測し、必要な準備を洗い出す。それで問題がないか、社内はもちろん経済産業省やIAEAにも確認する。特に苦労したのは「人の確保」だった。調査団の受け入れとなると、発電所員にも対応を依頼しなければならない。だが、彼らは今まさに重責を背負い、廃炉に挑む当事者だ。そこに調査団への対応が乗っかれば、負担が大きくなることはわかりきっている。井原にも心苦しさはあった。それでも、この貴重な機会を最大限に活かしたい。受け入れの必要性を丁寧に説き、社内にじわじわと浸透させた。地道だが、ほかに手はない。その結果、関係各所の協力を取り付けることができた。

人といえば、通訳の手配も大切な仕事だ。約10名の調査団は3班に分かれ、それぞれ異なる項目について同時並行でレビュー(質疑応答)を受ける。それが毎日のように続く。もちろん、レビューの数だけ通訳が必要だ。その確保には万全を期したが、当日になってハプニングが起きた。「項目を追加し、新たにレビューの場を設けたい」。調査団から、そんな要望が寄せられたのだ。井原はあわてた。大急ぎで関係者と協議し、最低限ではあるがどうにか資料を揃え、レビューの実行へ漕ぎつけようとした。ところが、通訳がいない。誰か、英語を話せないか? 思い当たったのはたった1人。井原自身だ。

それからの約3時間。井原は一心不乱に訳し続けた。調査団の英語を日本語へ。担当者の答えを英語へ。絶え間ないキャッチボールがようやく終わった時にはヘトヘトだった。だが、調査団からの一言がその疲れを吹き飛ばした。「レビューしたかった内容について、余すところなく知ることができた。ご対応ありがとう」。ホッとすると同時に、達成感がこみ上げてきた。

Chapter 03

国際的な「お墨付き」。

調査団の来日から2ヶ月後。報告書がIAEAから日本政府に提出され、さらに東京電力へと渡った。そこにはさまざまな指摘や、井原が期待していた助言があった。そして、こんなニュアンスの一文もあった。「短期間の間に、よくここまでやっている」。お墨付きともいえるその言葉がうれしかった。

井原は大学で原子力関係の研究をしていた。原子力がもたらすエネルギーを人々に届け、喜んでほしいという想いで東京電力に入社した。それが今、廃止措置に携わっている。「マイナスからのスタートには違いない」と、井原は言う。「けれど廃止措置とは、安全に壊して、よりよい状態を目指すこと。『こうあってほしい』という世の中の要望を受け止め、実現していくという点で、入社動機からかけ離れた仕事ではない」。

廃止措置プロジェクトが進むことで、現場は刻々と姿を変えていく。その中で新たな課題が持ち上がり、臨機応変な対応を迫られる。それらを乗り越えるためのチャレンジを、これからも井原は重ねていく。